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英大夫のページ
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 このコーナーは、「文楽太夫・豊竹英大夫のページ」読者の皆さんからのお便りやメール、FAXを紹介したり、Webマスターがお知らせや、文章を掲載させて頂くコーナーです。上に載っているものほど新しいです。
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(2009/01/02(Fri.) 09:25 〜 2008/07/19(Sat.) 21:22)

  「二千と八つの寺子屋」(比目野佳郎さん) 2009/01/02(Fri.) 09:25  

 寺子屋の段は菅原伝授手習鑑の四段目、義太夫屈指の名曲であり、今日上演される時代物の文楽作品の中でも最高峰の一つである。
英大夫は、この寺子屋に、二千八年、3つの公演で挑戦した。
 3月に、御霊文楽が一世を風靡した大阪で、その御霊神社儀式殿における素浄瑠璃公演として、12月に、東京国立劇場小劇場での文楽鑑賞教室の本公演(12回)として、及びその翌日、東京世田谷、松本記念音楽迎賓館における伝統音楽講座での素浄瑠璃特別公演として、語った。
 
 筆者は、この寺子屋の3公演をすべて聴かせていただいたが、ここ数年、時代物に意欲的に取り組み、その進境に著しいものがあり、大阪、東京の本公演での健闘が光る英大夫が、それぞれを見事に語りきっており、大いに感動させられた。これらの寺子屋の語りで、其芸の道を一歩進んだと言えよう。

 菅原伝授手習鑑が時代物の傑作である所以は、歴史的な事実を踏まえたフィクションと親子の別れをめぐる心理や葛藤や情愛を、壮大なドラマに仕立てたものであり、荒唐無稽なメルヘンのなかに、多様な人物が等身大で入り乱れて登場し、それらが渾然一体となったところに、観客はリアリティ感じて感情移入し、ドラマを楽しみ、感動することができるからなのである。
 菅原道真は、遣唐使制度を抜本的に見直した大政治家であり、学識に秀でた大文化人であったが、反対勢力の陰謀で失脚し、その怨念が雷となって京都を襲い、災いをもたらしたとされ、これを鎮めるため天神様として祭られた。その後、天神様は人々の信仰を集め、学問の神様として民衆に支持されてきた。
 18世紀の庶民は、雷が静電気による気象現象だとか、「ほうそう」が感染症の天然痘であるなどとは知る由も無く、逃れるためにはひたすら神仏にすがるしか無かった。
 こうした中で、子を持った親は、その成長・健康や知的発育を神に願い、その命が失われれば、因果か業かと嘆き悲しむほか無かったのであろう、多少科学技術が進歩した今日でも、親の子を大切に思う気持ちにはいささかも変わりはない。
 寺子屋のドラマの真髄は、まさにこの、親の子を思う感情が、切迫した追い詰められた状況のなかで、綿密に織り上げられ、表現されていくところにある。

 3月、英大夫の、御霊神社での素浄瑠璃としての語りは、三味線が鶴澤清友。当日の演奏は、ホームページ「美芽の“英”観劇録」に詳しく記載してあるように、感情の迸る情感溢れたものであり、12月の本公演を予感したような、見事な仕上がりであった。あえて付け加えれば、見台開きから御霊文楽の幾多の名人たちの語りを聴いていた義太夫の神様が、まさにその伝統の場所で、床をしっかりと支え、浄瑠璃の姫さま達がそっと手を添えていたからに違いない。

 12月、文楽鑑賞教室Aプロの本公演は、三味線は鶴澤清介。初日、4日目、9日目と千穐楽(16日)の4回を聴いた。
 当初2回の印象は、語りわけ、性根など、しっかりときちんと語られており、まずまずのレベルとの印象であった。ところが、英大夫自身の日記にもあるとおり、後半2回は声が楽にでているようで聴きやすく、したがって全体がさらさらと耳に入ってきた。高い音が素直に美しく響き、人物の語りは腹にかかって力強く、聞き応えが出てきた。
 「いろは送り」は、この曲の眼目中の眼目、主人公たちの葛藤を浄化し、散っていった犠牲者を心から悼むもので、大声でたっぷり歌われては拙い、英大夫は腹を据え格調高く語り切った。
 特に千穐楽は、源蔵戻りから、いい語りだしで、子供達や源蔵夫婦の存在感が自然であり、ドラマの中心をなす、松王と源蔵の鍔迫り合い、首実検のあと松王の、戻ってからの運命的な愁嘆場、そしていろは送りまで、流れにまったく隙がなく、緊張感が持続して一瞬の滞りも無い素晴らしい語りであった。

 12月17日の特別公演は、三味線は鶴澤燕三、松王戻りのあとの後半部分のみの語りであった。8畳ほどの座敷の付いた和洋室が会場で20人程の客、まさに源蔵の寺子屋の座敷で聴くような空間的距離感の中で、語り出しから緊張感溢れ、前日までの本公演のエネルギーが持続、いや倍増したような熱のこもった気合があった。
 松王の「ご不審は尤も」から始まり、語り進められていくうちに、そこにありありと苦悩し慟哭する松王の姿が浮かび上がり、その芸により、観客がその人物を目の当たりにし、存在を実感するという、極めて稀有な感動を覚えた。
 そこには、理不尽にわが子を奪われて苦しむ親の情が、松王の述懐と言う形で見事に表現され、結晶となって輝きを放っていたのである。英大夫には、二千と八つの山を越えた新しい歳に、明日の進歩を期待したい。



  最高のクリスマスイブ(西島磯美さん) 2008/12/26(Fri.) 09:47  

 2008年12月23日(火)忘れられない一日になりました。
まさに天使が奇跡の連打で道案内してくれたとしか思えないほど方向音痴の私が迷うことなくJRをスムーズに乗り継いで、驚愕の公演開始5分前に会場入りすることが出来ました。しかも出演者の方々の打ち合わせの都合で、公演開始時間が15分遅れたのです。
 幸運はそればかりではありませんでした。
 開演少し前のほんのわずかな時間でしたが偶然ロビーで出演者の方と遭遇、嬉しい気持ちのまま幕があがりました。

昼の部14:00開演
 子供達のかわいらしい聖歌から大人の信者さんたちによるゴスペルが披露されクリスマスらしいおごそかなムードが盛り上がったところで、満を持しての文楽技芸員さんたちによる大夫、三味線、人形解説が行われました。
 大夫の解説は英大夫のお弟子さん呂茂大夫、三味線は竹澤団吾、人形解説は吉田勘市さん、三人三様のトークがお客さんの興味をいやおうなく引き付けたところに豊竹英大夫が、本作品が完成するまでのいきさつをご自身の半生をおりまぜながら紹介されて、いよいよGospel in文楽開幕しました。
 大夫の最初の一声を聴いたとたん、おやと思いましたのは、マイクを通してスピーカーから多少エコーがかっていたのです。大夫さんの語りは肉声があたりまえの文楽ファンなら誰もが違和感を感じたことでしょう。音声の処理だけは勘弁してもらいたかったですが、これは会場の担当者サイドの都合もあったでしょうから仕方がないことなんですが…。
 しかしそうしたちょっとした不具合など、いまここで聴くことができるという幸運を思えばなんということではありませんでした。
 制約はいちいちあげつらってしまえば限りないのです。スタッフが少ないから当然大きなセットは組めません。PAを会場側にゆだねざるを得ないのもそうした理由からです。出演者は前日まで、京阪文楽と、次回公演の稽古に追われています。その出演者自体が、ぎりぎり最低の人数しか確保できないのです。
 にも関わらず、その舞台は完璧なまでに「文楽」でした。
 そうです。大夫と三味線と人形遣いさんが、三業一体となって、川口真帆子が書き下ろした新作文楽を滋賀県で初上演したのです。
 イエスの十字架の段は圧巻です。十字架に、イエスが架けられ神に向かって叫ぶシーンです。紋寿さんのお遣いによるイエスはあの世話物の代表作伊達娘恋緋鹿子のお七の狂乱を彷彿とさせる鬼気迫る動き、そこに英大夫の壮絶な語りが被り、清友さん団吾さんの三味線が太鼓のように響き緊張感を高めます。
 昼の部は満席でしたので、ほぼ最後列の中央から見させていただきましたが、夜の部は早めに待機していたので前のほうの大夫よりのお席を確保できました。

夜の部17:30開演
 夕方駆けつけた友人と二度目の鑑賞。マイクを通しての大夫の語りは私は二度目だったせいか、昼より気になりませんでしたが、友人はかなり気にしておられた様子。無理もありません。
 昼の部よりも夜の部のほうが英大夫の声が良く伸びて、いつもの朗々たる語りだったように感じました。
 思えばこんなに早くGospel in 文楽を生の舞台で鑑賞する機会が来るとは思ってもみないことでした。
 この2月から文楽を好きになって、英大夫に「熱烈文楽」にサインをしてもらったのが5月25日の千秋楽のことです。Gospel in文楽のDVDを入手して観たのが6月下旬でした。
 それからわずか半年後のきょうを想像もしていなかった・・自分はなんと幸運なことだろうかと思うと目頭が熱くなりました。
 これ、この感覚、
 文楽って本当に奥が深い、素晴らしい伝統芸能だなあと涙した最初に出会ったときの感動です。
 大夫の語りが、三味線が、人形遣いさんの華麗なお遣いが、いろんなことにゆきづまり立ち直れないほど打ちひしがれた私にもう一度喜びに震える心を再生してくれた…。
 どこで何度文楽を観てもはじめて国立劇場で観た舞台と同じ衝撃と感動をいつも感じていられるようにあのときの思いを決して忘れることはありません。
 私はこれからも大夫の語りを聴くほどに泣くでしょう。三味線の響きに心が揺さぶられ人形に見惚れてしまいます。 ですから私は文楽を正しく批評することはできません。 私にとって常にそれは感謝と、賞賛の対象であるから。
 
 おお大いなる過ぎ越し
 おお大いなる初穂の日
 ハレルヤ ハレルヤ

 ステージ後方の壁面が開いてガラス張りになり夜空が舞台いっぱいに広がる幻想的な演出に彩られイエスが復活します。
 今年最後の大当たりを捧げました。
 そしてカーテンコール。日本の伝統芸能にはその習慣がないとされるカーテンコールがありました。
 幕が降り、もう一度上がると、そこには出演者全員、作者の川口先生が立っていました。出演者、お客さん会場が一体となって全員できよしこの夜を合唱しました。
 紋寿さんは頭巾を取って、イエス様とともにいつまでも客席に手を振っていました。この作品が私に与えてくれた福音(Gospel)は、計り知れません。
 最高のクリスマスイブをありがとうございました。



  Gospel in文楽にて(村中洋治さん) 2008/12/24(Wed.) 15:18  

昨日、Gospel in 文楽を拝見させていただきました(滋賀県・栗東芸術文化会館さきら田尾ホールにて)。
日本人で、日本に居て今まで(64歳)観る機会が無かったことが恥ずかしいといいますが、残念だったというか、以前から海外公演で
訪問先の人たちに絶賛されたことなどは見聞きしていましたが昨日
初めての体験で扱われるものすべてが伝統の中で伝えられてきた素晴らしい日本の財産だと感じたときに感動を覚えました。
本当にありがとうございました。これからも大切な伝統を守って頂き多くの方々に感動を与えてください。本当に自分にとっての強い
カルチャーショックを頂いた2008・12・23でした。       



  東京・松岡美術館で文楽の絵画展 2008/12/24(Wed.) 15:01  

【WEBマスター】
 東京港区白金台の松岡美術館の広報課長・松岡治さんから、1月6日より4月19日まで同美術館で開かれる、現代日本絵画展・人形浄瑠璃「近松の人々を描く」のお知らせを頂きました。
 同美術館創設者の松岡清治郎氏が、自ら素人義太夫に夢中になるほどの義太夫好き(人間国宝・竹本土佐廣氏とも親交があり、愛用の見台や床本も併せて展示)で、日本画家・宮前秀樹氏(日本美術院特待、1929年〜)の文楽を描いた作品に出会ったコレクションのようです。文楽イヤホンガイド解説者・松下かほるさんによるセミナー(1月17日)などの企画もあるようです。色絵(赤絵)磁器の「色絵の美展」、明治、大正、昭和「美人画展」も同時開催。
 詳細は [Click Here!] を参照。
 また、当ホームページ読者へのプレゼントとして、こっそりと?!割引クーポンのシークレットページをお知らせ頂きました。参照下さり、美術館訪問の際は一言、「英大夫のページで見ましたと」とおっしゃってくだされば楽しいですね。シークレット?!ページ [Click Here!]



  中学三年生の寺子屋鑑賞記 (西島春乃さん) 2008/12/24(Wed.) 14:56  

(前略)菅原伝授手習鑑は、事前につばさ大夫さんが解説してくれなかったらぜったい意味がわからなかったと思いました。
おどろいたのは自分も含めて中学生でも寺子屋の世界に引き込まれてしまったことです。
私は夏休みも孫悟空と槍の権三を見ていますがほかの学生はたぶん文楽をはじめて観にきたんだと思いますが、みんな真剣に聴いていました。
夏休みの公演を入れて何回かいろんな大夫さんの語りで文楽を観ました。
なかで今回特に寺子屋は、圧巻でした。時間が長いとは感じなかった。
英大夫さんの表現力は、他の大夫さんとは明らかに違うな、と思った。
あれだけたくさん登場人物が入れ替わり立ち代り出てくるのに全部語りわけていて千代は千代、子どももみんな違うとわかるのが驚きました。
掛け声っていうんですか?タイミングよくかけられるものだと感心しました。トイレで同じ年くらいの女子も言ってましたが私もいつかやってみたいです。
母からあれは一時間20分あったとあとで聞いてびっくりしました。全然長いと思わなかったから。(後略)



  格式ある語り(MFさん) 2008/12/16(Tue.) 07:31  

 私は文楽ではほとんど泣いた事はありません。 唯一の例外が、英大夫さんが02年に語られた寺子屋(後)でした。 今公演は、その英大夫さんが寺子屋の段をお一人で語られるというので本当に楽しみにしていました。
 私がなぜ02年の公演だけ例外的に涙が出たのかについてですが…その時の涙は、松王丸の諦めに近い弟桜丸への慈愛によるものでした。事件の発端を作ったのは桜丸で、息子の命を失う原因も、もちろん桜丸にあった訳です。 松王丸にとっては、桜丸を責める心情は当然あったであろうに…。

 松王丸の泣き笑いから
   思ひ出すは桜丸、ご恩も送らず先立ちし、
   さぞや草葉の陰よりもうらやましかろ、けなりかろ。
   倅がことを思ふに付け、思ひ出さるゝ/\

 弟と息子に対する複雑な心境を、英大夫さんが慈愛のこもった泣き笑いを軽やかに語られ、涙が止まりませんでした。

 そして、今回はどうかと言いますと…実はこの部分の泣き笑い、時代物としての格式が感じられる力強いものでした。 私は前回の様に泣きはしませんでしたが、しかし、これはこれで納得する素晴らしいものだと思いました。
 というのも、02年の公演は通しで行なわれ 、松王丸、梅王丸、桜丸の三兄弟の関係が充分に描かれているのに対し、今回の様に寺入・寺小屋の見取では、その辺りの感情を観客が読み取るのは難しい事だからです。逆に、時代物としての格式がしっかりと表される事で、本来語られていない物語の大きさが表現された様に感じられます。上演形式によって作品解釈が変わっても面白いのはないか…と以前から思う事があるのですが、同じ方の語りでも作品の印象が変わるという事も含め、今回は新たな発見がありました。
 
 今回の様な上演形態になりますと、客の感情は、息子を失った松王丸の女房千代に集まります。
 何度か寺子屋を拝見してきましたが、今までとは全く違う感覚で伝わって来た所があります。
 それは、千代が息子小太郎を迎えに来る所です。 今までの私は、千代が小太郎を迎えに来る事も芝居の内だと思っていたのです。つまり、息子を身代わりにさせる為に寺入させた芝居の続きで、文庫の中から白装束が出て来るのが道理の証拠…という様な感じです。 しかし今回の語りでは、千代は「もしかして小太郎は身代わりにされていないかもしれない‥」という一分の望みをもって源蔵宅に迎えに行っていました。(と、私には思えました)

    若君、菅秀才のお身代わり、
    お役に立てゝ下さったか、まだか様子が聞きたい

 そこには、すべての事を承知しつつも最後まで望みを捨てられない母の姿がありました。 また、これによって、松王丸の企みが安易なご都合主義として描かれていない事が理解できるのではないでしょうか。つまり、やはり松王にとってもある種の「カケ」であったと…。
 だからこそ、文庫の数を数えるエピソードや「女房悦べ、倅はお役に立ったぞ」という詞とともに、その後『ワッ』と泣く千代の悲しみもまた、生きてくるのだと思います。

 そして、いろは送りへ…。
 11月に、英大夫さんがいろは送りの部分を中心に語っていらっしゃるNHKのラジオ番組を拝聴しました。 この時は、いろは送りのすぐ前からの語りです。
 「前後の関係が有る無しによっては、必然的に意味解釈が変わる可能性がある」という意味では、見取上演よりも顕著にトリミングされています。
 その時に思ったのは、この美しい旋律と詞は「道行の質感ではないか」という事です。 六道巡りの様子は、名所(などころ)を巡る道行の形式と似ていますし、音曲の決まり事は私にはわかりませんが、その美しさという意味では、きっと道行の曲に匹敵すると思います。
 しかし、文楽の舞台での松王丸と千代は寺小屋に留まっており、一方では菅秀才を含めた源蔵夫婦のドラマも続いている訳で、「道行」ではありません。 ドラマの底に漂う質感を支える様式美としての「いろは送り」です。 だからこそ単純な感情を越えて、複雑な、何とも言がたい素晴らしい感動を私たちに与えてくれるのではないでしょうか。

 さて、もう一つは… 実は順序が逆になってしまいました。通常「寺子屋(前)」として、「寺子屋(後)」とは別の方が語られる部分です。
 驚いてしまったのは、英大夫さんの格式ある語りです。こんな事を書いては大変失礼なのですが、英大夫さんでこれ程まで格調の高い語りは、今まで拝聴した事がありませんでした。
 「これはもしや?!」と思い伝統芸能データベースで確認してみました所、 切場語りの方が(前)をつとめられている公演がいくつかみられました。 泣き笑いやいろは送りという聴かせ所にうっかりしていたのですが、 この(前)の部分に時代物としての格がしっかり語られていないと寺子屋という段は成立しないという事が、お一人で語られた事で初めて理解できました。
 (自分が発見したかの様に仰々しく書いていますが、文楽知識としては当たり前かもしれません…)

 そして最後になりますが…実は私、まだ語りが終わり切っていない段階で起きる早めの拍手が余り好きではありません。
 寺子屋が語り終わるその直前、いつも通りのタイミングで拍手が起こりました。 しかし今回、この慣例のタイミングで起きた拍手に、観客の多くがつられる事はありませんでした。パラパラと起きた拍手はそこで鳴り止んだのです。 そして、いつもよりゆっくりと引かれている幕が残り四分の一になろうかとした時に、大きな拍手の波が起きました。
 能公演では、素晴らしい演能の場合に拍手ができない事が時々あるのですが、文楽では初めて出会った現象でした。
 この拍手と幕引きは本当に素晴らしく、舞台の感動の余韻を充分に楽しむ事ができました。
 個人的意見ではありますが、多くの演目がこのタイミングでの拍手と幕引きになってくれる事を願っています。

*英さんより、「私の記念碑的感想」ということで、特に掲載の依頼がありました。(Webマスター)



  英大夫の存在感(西島磯美さん) 2008/09/09(Tue.) 08:16  

三位一体の芸術、人形浄瑠璃=文楽を体感。
「奥州安達原」は、観る側にとり難解複雑なストーリー。ということは演じ手にとっても厳しいであろうことは推察するに余りある。今公演、「文楽」にとっての不運は、舞台がノリのいい大阪ではないと言うことだ。客のノリが舞台を盛り上げるのか、演じる側がお客を盛り上げるのか…両方だ。いずれがリズム音痴でも最高潮に達することはない。
だが、今夜の三段目は、英大夫が舞台と客を揺さぶった。床が回転し、大夫が現れたときから空気が動き始めた。後方から力強い「英大夫!」の掛け声。 あおられた私がここで暴挙に出た。「待ってました!」。私を浪花に導いてくれたある恩人に対するリスペクトを込めて…彼女の掛け声を三度聴いている…大阪で、東京で…。
私の掛け声など、遠く及ぶべくもない〜? だがなんと今夜、タイミングが巧くあった!んです。それまで背後でさんざん飲食、欠伸して、だらけてた三等の客が、盛り上がり始めた英大夫の語りに静かになる。五列目の客が床に釘付けになっているのを目撃した。
人形は激しく美しく伸びやかに大きく大きく見栄を切る。英大夫が語り終えて床本を空中に掲げたとき、満場の拍手は鳴りやまなかった。今夜の三段目。英大夫の輝く未来を大きく予見させた。



  孝行息子とラスベガス(田村順三さん) 2008/08/05(Tue.) 23:21  

3日日曜 西遊記に マレーシアの留学生2人と 文楽は初めてと言う日本人2人と 一緒に 行きました。
マレーシアの学生は 英大夫さんの お陰で 人形と写真をとれて 喜んでおります。
一輔さんの指導で小学生が人形を遣うのも楽しかったそうです。
幕が下りてから 勘十郎さん はじめ 人形さんが 客席を 回って 子どもさんと 握手しているのを 見るのも 感動的だったと言うておりました。
切符は 売り切れで、当日券は 補助席だけという めでたい事態でした。

日本人から 次のようなメールを もらいました。
>母のケアハウスの帰園時間があり、早く失礼しました。母は帰りに文楽を見にお誘いいただき、本当に良かったと申しておりました。
私も始めての経験で、日本の伝統芸術でありながら、いままで経験したパリやラスベガスのエンターテイメントに通ずる、出し物に感銘しました。機会がございましたら、またお誘いください。誠にありがとうございました。(引用以上)

このお母さんは 84歳、ご子息の近くのケアハウスに住み、日曜は 孝行な子息に あちこち 連れて行ってもらっているようです。
私はパリも ラスベガスも 行ったことなく、想像しにくいですが
「西遊記の ようなのが彼の地でも 見られるんやなぁ」と 思いました。



  シェーンベルクと日高川(大場修一さん)後半 2008/07/19(Sat.) 21:25  

前半から続く

2曲目の弦楽三重奏付き日高川については、「この日高川には人形を持たない3人の人形使いが黒子で出演し、人形を使うとおりの動きをする。パントマイムのような3人の動きを見て欲しい。」との解説があり、さらに弦楽三重奏曲は三宅一徳氏に作曲を依頼し、三宅氏の手付、アレンジによるものであるとの説明があった。

(第2曲)
床に英・清友・団吾の3人が乗り、黒に着替えた6人の弦楽奏者がそろい、チューニング(指揮)は、宮本氏が舞台に出て、2曲目「絃楽手付、日高川渡し場の段」の演奏が始まった。
清友・団吾の三味線、いつも通りのオクリにあわせて、弦楽6重奏が追いかけ、合奏やソロで、割り込み、かぶさる。英師の語りは本格義太夫、清姫の情念がほとばしる。舞台に手摺板無く、3人の黒子が寄り添って清姫をつかう動作を続ける。
もとより本来の人形の舞台は何回も見ていれば、人形無しでも清姫の動きは分かるが、何とも言えない3人揃っての動きは、文楽初心者には、難しいかもしれない。
演奏は、奇妙な混然とした中に、不思議な調和感があり、敢えて例えれば、義太夫の床本は白い和紙に墨黒々と書かれているが、この弦楽は、あたかもその行間や余白をカラフルな文様で、べったりと塗りつぶしていく、というような印象であった。

(第3曲)
宮本氏が文楽との出会いやその印象を話した後、3曲目は、「ちゃんと人形の付いた、文楽の正調の日高川」と紹介して、演奏が始まった。
舞台に、船頭の人形は出ず、大道具は、波の手摺、日高川と書かれた杭と書割のみで、背景はステージの壁のまま、せめて背景に黒幕は欲しいと思われた。
蛇体に変じた清姫のガブは、大きく揺れる波布の上を、行きつ戻りつ泳ぎ回り、英師の義太夫、日高川は、開闢以来初めて、JTホールに響き渡り、舞台は足拍子に轟いた。

かくして、宮本文昭氏プロデュースの、「人形浄瑠璃×クラシック」は、ため息ともどよめきともつかぬ、静かなうねりとともに沸きあがった、満場の盛大な拍手と、カーテンコールをもって終了した。(20:55)

(追記)
 宮本氏と英師は、異口同音に、「西洋音楽は音の高さ長さ、合わせるタイミングを五線譜で定量的にキチンと書く。義太夫は自分の高さで語り、三味線と息や間合いで合わせるので、演奏によって微妙に違うがそれで良い。という基本的な違いがありますね。それがコラボするのが、新鮮で面白い試みですね。」と話していた。



  シェーンベルクと日高川(大場修一さん)前半 2008/07/19(Sat.) 21:22  

【宮本文昭氏プロデュースのコラボレーション(6月27日JTホール)感想】

シェーンベルクと日高川、いったいどんなコラボになるのかと期待していた。また、JTホールは260席のフラットな講堂スタイルで、音の響きが良く、オープン以来たびたび通っている注目のホールである。会場は、舞台上手に出語り床(少々位置高く狭い)、下手に書割、黒塀様の袖の拵えであった。

冒頭、宮本氏がナビゲーターとして「19世紀末の西洋音楽の情念と義太夫の情念のコラボを考え、やってみようと思った。」とプロデュースの趣旨を解説。
そして英大夫師が招かれ、師は「浄夜には西洋の情念を感じ、取り組んできた、それを皆さんにも感じて欲しい。」とコメント。続いて勘弥師が登場し、ガブの首と女人形(3人使い)で簡単な人形解説、宮本氏は「初めて文楽を観た時は衝撃を受けた。見ているうちに人形の使い手が目に入らなくなった」と印象を語り、「浄夜」は、原詩を訳し、段落毎のエッセンスを台詞とし、義太夫として合わせようと試みたと語った。

(第1曲)
6人の弦奏者(各2丁ずつの三重奏)と英大夫・清友師がステージに揃い、演奏の開始。シェーンベルクの「浄夜」は、つぶやくようなビオラの低音のソロで始まり、すぐに英師の義太夫がかぶさる。
原詩の段落ごとに、弦の色調、響きが変わり、うねるように進む。その合間に、またノリ地のように弦の演奏に乗って、鋭い義太夫の一節、二節が語られる。英師は弦を聞きつつじっと出を待つ、5分、10分と。
間がピシッと合って、英師の義太夫が、女の高い声をきれいにホールに響かせ、弦の演奏に乗り切る。
曲想の変わり目毎に、義太夫に惹かれるように、人形がそっと下手に出てしばしたたずむ、そして振りを入れる。
弦は、「浄夜」の情念を、濃いアンサンブルでなめる様に、渦巻くように演奏して行く。舞台の照明も進んで行く演奏にあわせ、ゆっくりと微妙に明るく、暗く、青く変化して、原詩の雰囲気をかもし出し、さっと暗転して演奏が終わる。
観客の緊張感が演奏と一体となり、西洋の弦楽と義太夫による「情念」の融合が、見事に表現された舞台となった。  (休憩:19:50〜20:05)

後半冒頭、宮本氏に、英師から「コラボをその気になって始め、西洋音楽はまったく違う世界だが、舞台稽古をやっていてこれは面白いなと思った」と話し、次いで清友師が登場し、太棹三味線の解説、「三味線は、伴奏ではなく、義太夫に寄り添うもの」と説明した。↑後半へ続く







 
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